はやぶさ2サンプルリターンの科学的意義

2012年12月30日 12:13

サンプルリターン探査は宇宙科学におけるエポックメーキングな発見をもたらしてきた.冷戦期に月をめざしたアポロ計画(米国)(+ルナ計画(ソ連))では月マグマオーシャン仮説がつくられ,固体天体形成を考える上での標準モデルとなっている.21世紀になり,科学的成果を第一目標にサンプルリターン探査が再開され,スターダスト計画(米国)によって採取されたWild2彗星塵の分析からは初期太陽系大規模物質循環仮説がうまれ,ジェネシス計画(米国)による太陽風の採取で太陽の酸素同位体組成が測定され,地球や火星,月,隕石の酸素同位体は太陽と異なっていることが明らかとなった.日本も「はやぶさ」計画でサンプルリターン実施国の仲間入りをし,隕石のふるさとが小惑星であることを実証し,また太陽系史にわたる小惑星の活動史を明らかにした.「はやぶさ」に続き,2014年にはC型小惑星からのサンプルリターンをめざす「はやぶさ2」探査機が打ち上げられる予定で,開発が進んでいる.

「はやぶさ2」に期待される発見はなにか.そもそも,なぜサンプルリターンが必要なのか.

分子雲から惑星系へと大きな構造変化を遂げる途中の過程が初期太陽系円盤である.分子雲の収縮から 1億年の内には惑星系がほぼ完成する.太陽系の年齢を1年にすると最初の1週間の出来事で,この激動の最初期を最もよく記憶しているのが,太陽系初期に形成以来,融けることのなかった小惑星である(イトカワは融けてはいなかったが,天体の温度が一度800℃程度まで上がったために過去の記憶がリセットされてしまっていた).

地球には小惑星物質が隕石として降ってきており,これまでも隕石の研究から太陽系初期に起こった様々な出来事が読み解かれている.隕石には化学的多様性があり,小惑星ができる以前の塵とガスの円盤でその多様性がつくられたこと,千数百℃を越える高温イベントが起こっていたことなどがそうである.

地球外物質研究で最近注目されている対象は地球外有機物である.有機物は分子雲のような低温環境でつくられ,初期太陽系円盤の高温過程や小天体内部で熱や水が関わるプロセスまでその組成や構造を変えながら,生き残る.つまり,太陽系初期の構造変化に伴う物理化学条件変化を広範囲で記憶しうるのだ.

有機物を形作る元素は主に炭素,水素,酸素,窒素.水素は宇宙で最も多い元素であり,酸素,炭素,窒素も宇宙での存在度が非常に高い.ALMAなどで観測される主たる分子はこれらの元素からなるものであり,他のつくられつつある惑星系や分子雲の観測で得られる情報との比較もおこないやすい.そして,有機物は生命の材料である.

地球外有機物分析も近年,様々な手法でおこなわれ,多様な情報が抽出されるようになってきた.地球外有機物には低温環境でできた重い同位体の過剰をそのまま残すものから,小惑星内部で水との反応で多様化したものまである.有機物から太陽系進化史を描くことができるかもしれないと多くの研究者が期待をもっている(しかし,それはなかなか簡単ではない.広範囲の条件を生き残るが故に,様々なプロセスが部分的に上書きされている.鉱物のようにきちっと決まった化学組成をもたず.官能基が入れ替わったり,結合様式が変わったりという形でプロセスを記憶するので,扱いが難しい.だからこそ面白い).

小惑星物質に含まれる水や有機物は地球の海や生命の材料であり,太陽系初期の水や有機物の進化を理解することは,海や生命の材料が地球にもたらされる前にどこまで進化したかの理解につながる.地球科学者が地球史を遡り,海の形成や生命誕生をさぐるのとは時間の流れを逆にし,初期太陽系から地球誕生へと時間を進み,地球の海形成,生命誕生への初期条件を制約する一助となりうる.

しかし,地球上で発見される隕石の場合,[1] 常に地表の水や有機物による汚染や変質の可能性がある.また,[2] 水や有機物を多く含む隕石は全隕石の約3%しか存在せず,これは強度が低く,大気圏突入時に燃え尽きてしまっている可能性を示唆する(我々が手にしているものは大気圏突入で生き残りうる強さをもったものだけかもしれない).さらには [3] 産地情報がまったくない.我々は河原の石をひとつ拾い上げ,上流に見える山の成り立ちを想像しているに過ぎない.

小天体内で水や有機物が化学反応を起こして生じる物質進化を解明するために地質情報がないのは大きな欠点である.[1] 汚染,[2] サンプリングバイアス,[3] 地質情報欠損という地上回収地球外物質の本質的問題を克服するためにはサンプルリターンが唯一の手段である.

「はやぶさ2」は近地球型C型小惑星1999JU3から,かつての水の存在を示す鉱物や有機物を含む試料を地質情報とともに複数地点から採取し,鉱物-水-有機物相互作用による地球・海・生命材料物質の最終進化を解明することをめざす.サンプルリターンのさらなるメリットは最先端技術での地上分析ができることである.探査機搭載の科学機器より圧倒的に深化した情報が得られる(そのための準備も当然必要となる).

太陽系初期につくられた小惑星がどのように進化し,現在の近地球型小惑星になったのかを解明することもめざし,太陽系初期の大規模構造変化を実証的に明らかにする.銀河からつづく物質の旅が地球に至るまでの長い歴史を解明するための大きな一歩とし,新たな太陽系物質科学を構築したい.

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